スリランカの旅
ヴェヌーリというコンテンポラリーダンスのアーティストがいて、彼女がスリランカの人です。あるプロジェクトで知り合い、意気投合しました。また、韓国のダンスのアーティストでヨンランという人がいて、彼女は私とも、ヴェヌーリとも知り合っていて、3人共それぞれの国の古い芸能に興味があり、よく見ているという共通点があります。3人で今後何かしらの活動をしていこうという流れになっていて、私はそのことでちょっとワクワクしています。
この度、3人の初めての共同リサーチとしてスリランカで会うことになりました。私は上海経由の格安チケットで行ったので、ちょっとだけひどい目にあいました。強風のため福岡空港に到着する飛行機が遅れ、上海の乗り継ぎに間に合わず、2泊も上海の場末の暗い牢獄のようなホテルで、インターネットがほとんど繋がらない状態で過ごしました。そのホテルのある街は大きな家具卸売店と家具工場があって、それ以外はとても貧しい崩れかけた家が並び、遠くに恐ろしくリッチな人向けの高層マンションがある、というような場所でした。それはさておき、スリランカに到着した時に感じたことから始めます。
スリランカの街
June 23, 2016
上海の街と比べてしまうのもなんですが、到着したコロンボは美しい街でした。イギリスの植民地時代を経て、内戦時代を経てきたとは思えないほど、家の一軒一軒道路、人々の様子は美しかった。特に、女性の着ている服が、とてもそれぞれの人に似合っている。日常着としてのサリー、また、それに近い服、西洋的な服の境界が曖昧な感じで、色彩が味わいがあるけど鮮やかな感じ。体の形はいろいろなのに、それらがとても素敵にはえている。そして、ヴェヌーリの家は3階立てのアパートの3階で、風の通りが良く、とても美しい眺めで、翌朝目が覚めた私は天国にいるのかと思いました。木々や家の屋根、電線などをリスが駆け巡りながら遊び戯れ、鳥が飛び交っていました。たぶん、上海の場末のホテルで2泊していることの辛さから、そのギャップもあったのでしょう。
シンハラ語と韓国語
June 24, 2016
一足前に到着していたヨンランと3人でご飯を食べながらいろんな話をしました。2人は英語が堪能で、私はかなり足を引っ張っていましたが、辞書を引きながら、単語帳で覚えながらちょっとずつ会話がスムーズになっていったかもしれません。そして、言語についての興味深い会話がちょっと出てきました。それは韓国語の「オモニ」(お母さん)が、スリランカの公用語のひとつシンハラ語だと「アムニ」で、韓国語の「アボヂ」(お父さん)がシンハラ語だと「アッパッチ」だと。これってかなり近いんじゃない?ということで話がかなりもりあがりました。他の言葉はどうかといえば、もちろん違う言葉の方が圧倒的に多いけれど、たとえば「オーマイゴッド」「なんてこった!」というようなときに韓国では「アボヂー」というらしく、スリランカでも「アッパッチ〜」というらしい。そういった使い方もかなり近い。それ以外にも、太鼓の形とか頭にかぶる帽子についた紐を振り回す芸能があったり、共通点が多い部分がかなりありました。場所的にはかなり遠いのにいったいどういう流れで巡り巡って同じような部分があるのかしら?とてもとても面白く感じました。
儀式を見に行った話
June 24, 2016
ヴェヌーリのおじさんの知り合いのお宅である儀式があるというので見せてもらいにいきました。これは夜中から明け方まで行われました。大きな河を、危ない吊り橋歩いて渡り、森を抜けたところにあるお宅でそれは行われた。ヤシの木の幹やその皮などで作られた薄緑色の祭壇が作られていた。祭壇といってもそれは仕切りのついた棚みたいなもので、一番上段にはひとつひとつ油の入った皿が置かれ、そこに火がつけられる。鶏が一羽、紐につながれる。これは後で羽を何枚かむしって儀式に使われる。(この段階では生きたまま血を垂らして使ったりするのか?とか勝手に想像してしまっていましたが違いました)。この鳥は時々暴れて突発的に鳴くのですが徐々に疲れてきて鳴かなくなっていく、そんな姿が哀れをそそりました。準備の段階で、その儀式の中心となる僧侶から、ヴェヌーリはいろいろな話を聞いていたけれど、英語で訳してくれる内容も私の理解に追いつかなくて内容はあまりわからなかった。けれど、そのおじさんの様子がなんとなくちょっと変わっていくのがわかった。そういえば、このとき、その僧侶は噛むと口の中が赤くなる不思議な葉っぱを噛んでいて、それは噛みタバコみたいなものなのでしょう、そのせいで少しハイになっていったのか?あるいは、その役割を果たすために、すでに何かの状態に入っている状態に移行していったのでしょうか?すごく不思議な感じがしました。しゃべりだしたら止まらない、でもちょっと歌みたいにものすごい早口でしゃべっていました。そして、儀式が始まりました。祭壇の前に、小さな台が置かれ、その上に果物などの供物が備えられます。そして助手のようなもう一人の人が粉を撒いて、それに僧侶がさっきと同じように早口で何かをしゃべりながら火をつけて一瞬にしてボワっと燃える。一貫してこの動作が行われ、また祭壇とは別に長机の上にヤシ幹の皮で作られた20㎤くらいの作り物が10位並べられ、その中に様々なお供えする内容のものが次々に注がれていく。お酒だったり、お米だったり、鶏の羽だったりする。それが終わったら、今度はそのお供え物を家の周りの様々な場所に設置します。例えば、腰の高さくらいの台の上だったり、木の枝からされがれた吊るしものに設置したり(高いところ)、地面を掘った穴に設置したり、といった具合に。それらは場所それぞれに意味があるようです。そして、備えたもののところで、また呪文のようなものを唱え、粉を撒き火をつける。その順番にも意味があるようでした。
お宮
June 25, 2016
儀式を見た次の朝、インディージナスな人々の祈りの場というところに連れて行ってもらいました。これは一見して田舎の集落によくある小さな神社、言って見ればお宮にそっくりでした。建物のある広場の周りに儀式で一が歩く通路が一周できるようにつくられていて、その中にある建物はまず階段を登って中に入ります。そうするとその中にさらに小さな階段があって神社のように奥ははっきり見えない感じ。でもおそらくブッダあるいはヒンドゥーの何かの神様か?何かをプリントした紙が貼られていた。階段の前でお線香を立て、座って二人の僧侶の前で頭を垂れる。そうすると、金属でできた腕輪をジャラジャラ鳴らしながら祈って、頭を触られる。
お寺
June 27, 2016
ヒンドゥーのお寺と仏教のお寺、両方に連れて行ってもらった。どちらも共にお花が山のようにお供えされている。それも、水を入れた花瓶とかではなく、茎から切り離されたお花だけをお供えする感じ。この感じはバリでのお参りに似ていると感じた。ヒンドゥーの方では、ギター奏者と打楽器奏者がそれぞれ別の場所で演奏しているのだが、これが寺院の中で響き渡るとすごい高揚感をもたらす。そして祈る人の雰囲気はとてもストイックな感じ。バリのヒンドゥー寺院では、もう少し人々はゆるい風情だった記憶があって(もちろん場所によってその時どきの人によって違うのだけれど)なんとなく違いを感じた。お寺の方は、大きな寺院の敷地に幾つか建物があって、一つはタイでもよくあるブッダの骨が収められてる丸いお堂。もう一つは中に大きな仏像や、ブッダの生誕から死までの絵が描いてあるお堂。この仏像や絵は、日本の古い寺院で感じるような歴史ある雰囲気ではなく、むしろ新しくて綺麗な印象を持った(これも場所によるのでしょう)。また、巨木があって、その周りに輪っか状のコンクリートの台みたいなものがあって、そこにお花を供えたり、そこを回りながら数回に分けて水をかける場所になっていたりします。この3つはスリランカの寺院の基本要素だということです。また、敷地内では靴は脱ぎます。そして手を洗うところがあります。まるで日本の神社みたい。でもそれが普通の水道で蛇口をひねって洗うのです。最近では足も洗うようになった、ということで参拝者は足も洗っていました。最近では、というのが面白いですね。いろいろな変化の途上なのかもしれません。特筆すべきは、敷地内にヒンドゥーの神様ブースがあることです。そこはヒンドゥーの人が来るためではなく、仏教徒がお参りするのだということです。面白いですね。神仏習合みたいですね。スリランカの古い伝説にはヒンドゥーの神様が登場するのだということです。というかヒンドゥーから仏教が派生しているので、おそらくはっきりとした境界などなかったのではないか?と想像しました。西洋近代化以前、あるいは植民地化以前、「宗教」の線引き自体がアジアの国々にはなかったのかもしれません。信仰が外から入ってくる時に、異質なものとして扱われる時期があったとしても、徐々に土地の信仰と習合したりして行ったのかもしれないなあと思ったりしました。
瞑想
June 26, 2016
そして瞑想を体験出来るということで、また別の寺院に行きました。さっき描いた3つの基本の建物とは別に、公民館みたいな風情の建物があって、その中で瞑想は行われました。長机が後ろに下げられ、地べたに白い座布団がたくさん敷かれ、人々は縦列になって7〜8列くらいの人々が、ほぼ全員白い服を着てそこにいました。そして、前に瞑想を誘う僧侶がいます。そして、雑談のあと、「目をつむってそして終わるまで決して開かないように」というようなことを言います。ここまでは、一緒にいたヴェヌーリに翻訳してもらいましたが、それ以降は声を立てられないので、とにかく言葉は全くわからないままにそこでじっと座って、僧侶の声を聞きました。一時間半〜二時間くらい、一度だけ立ち上がって手足をぶらぶらさせる時間があってそれ以外はほとんどずっと座って目をつむっていました。終わると、サンドイッチと紅茶がふるまわれます。あとで、ヴェヌーリに聞いたところによると、体の一部に意識を向けるような指示がほとんどだ、ということです。頭の先から足のつま先まで様々にからだを観察するような内容だそうです。なんだか、びっくり。私が自分で自分にやっていた観察方法とそっくりだからです。不思議な縁を感じます。ただし、私みたいにからだが勝手に動いてしまったり、というのは許されないそうです。じっとしているのも修行なのだそうで、動くままにするのはまた別の瞑想なのだそうです。
仮面劇
June 26, 2016
博物館の敷地内にある広場にて、仮面劇が行われました。仮面劇と言っても、韓国でみたようなものとは違って、本来はトランスによって治癒をしたり、物事の悪い事柄を取り除くというような医療を含んだ呪術行為としての仮面劇です。が、この場では博物館で多くの人にデモンストレーションをするような意味合いのいわゆるショーでした。なので、ヴェヌーリの説明によると実際にトランスはしていないよ、ということでした。しかし、私は仮面の人が出てきた瞬間や、トランスのような動きになった時はかなりヒヤっとしたりドキドキしたりしました。しかも、ビデオを取ろうとしたら後ろのおばちゃんたちに怒られました。ビデオや写真は、神聖なものに向けないのがやはり本来的な礼儀なのですね。スリランカでは神聖な物事への敬意はとてもとても強いです。先日見た儀式のきにもあったような祭壇が二つ離れたところに立てられ、その間に二人の人が太鼓を腰につけて現れます。彼らはちょっと司会者みたいな感じで、仮面の人たちを呼び出します。言葉はもちろん現地語で一言もわかりません。仮面の人はたいてい一人ずつ登場します。あるいは一人が登場した後から別の登場人物、夫や妻といった感じで出てくる時もあります。そして、仮面の人と司会者みたいな人がまるで漫才師のやりとりみたいに会話が進み、言葉がわからなくても、日本の漫才師の喋り方にしか聞こえなくて、「な〜にいっちゃってんの、おめ〜さん!」みたいに聞こえるんで一緒になって笑ってしまいました。でもある時、悪魔みたいな仮面の人が出てきました。いろんな意味で深い神聖さを持ったキャラクターのようでバリで言えばランダ、日本で言えば鬼のようなかんじでしょうか?その人が別の仮面の人とともにトランス状態になったりした時はかなりゾクゾクっとしました。