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ヴェヌーリペレラによるFloating Bottle Project の総括

 

ST スポットでは、私とヨンランがフローティング・ボトルに対する応答を発表し、夏子がフローティング・ボトルの元となった彼女の作品の1バージョンを発表しました。私はもともと、夏子の作品を一度も見たことがない状態で彼女の創作プロセスに反応したのですが、蓋を開けてみると、私たちの作品やその枠組みには沢山の共通点があって、興味深かったです。ST スポットでは私の応答として、「the Passport Blessing Ceremony(パスポートを祝福する儀式)」を再演しました。

 

ヨンランにとっては、アーカイブ・ボックスへの応答を発表するのは初めてのことでした。私からヨンランへは、私が初めて夏子のボトルを受け取ったときの反応やプロセスについて、手紙にしたため、渡していました。彼女の応答は、全く別の作品であるにも関わらず、やはり観客との実験であり、そこには共通の要素や枠組みが見受けられました。3人の作品はどれも、なんらかの形で、問いと答えを内包していたのが特徴的でした。また、境界の概念、私たちと彼ら、作られたアイデンティティ、権力構造vs市民といったテーマに触れていました。

 

私たちは、それぞれ、母国の状況におけるマイノリティの視点を反映していたのだと思います。

 

STスポット以降

 

その後も、私たちは対話を続けました。西洋の植民地であったスリランカにおける近代化の体験は、他の地域とは異なります。スリランカにとっての近代化は、シンガポールや、日本、中国がモデルになっています。私たち3人は、それぞれの国において「近代化と植民地化」がどのような影響を及ぼしたのかを議論しました。これは非常に大きくて、また、大変複雑な枠組みです。歴史の記録を紐解きながら、同じ時間枠の中で、それぞれの国でどのような植民地化と近代化に関わる事件があったのかを比較しました。

 

その後、夏子と福岡で時間を過ごしました。ヨンランは出産したばかりだったので物理的には合流できませんでしたが、オンラインで対話に参加しながら意見を共有してくれました。私たちは、横浜のST スポットでの公演を経て、次に、「契約」を枠組みとして捉えることに決めました。夏子からは日本とアメリカの不平等な契約について聞きました。そして韓国とスリランカにおいても同じような契約がないかを調べてみました。例えば、スリランカと入植者たちとの契約などです。それらを、より個人的な契約に変換してみました。

 

当初は、学校の教室のような構造のパフォーマンスを考えていました。近代教育システムは、近代化の問題を抱えるモデルの一つだと考えたからです。STスポットでの公演の後、ヨンランの応答に触発された夏子は、近代化のプロセスによって生まれる競争的なヒエラルキーの構造を再現し、観客と試すための実験を作ることを提案しました。その提案を受けて、私たちは、それぞれの国で子供の頃に遊んでいたゲームを出発点にして、そこから発展させることにしました。一体どのようにして契約は作られ、その契約はどのようにしてローカルなシステムによって所有され、新たな段階に進められることによって永続させられるのか。このテーマを中心に、私たちはその「実験」を作っていきました。

 

この実験を通して、参加者は様々なタイプの「契約」を結び、いくつかの指示に従います。やがて、最初は開かれていて楽しかった「システム」がより厳しく抑圧的に変化していきます。教育、あるいは「トレーニング」の箇所も取り入れました。参加者は、グループ・メンバーか、グループ・リーダー、サブ・リーダー、そして一人のスプリーム・リーダー(最高指導者)、といった異なる立場を体験します。

 

この実験がどう終わるのか、私たちもわかりませんでした。これはなんらかの仮説を証明するような科学的な実験ではありません。私たちが望んでいたのは、この実験に参加する人々がそのプロセスにおける自分自身を観察し(これは夏子の活動の中心を占める特徴です)、その状況に反応してほしいということでした。そして、何らかの形でシステムを壊すか、そこから抜け出る方法を、参加者たち自らに見つけ出してほしいと願っていました。この実験のいくつかのバージョンを、福岡、クアラルンプール、そして最後にKyoto Experimentで実施しました。

 

このプロセスは私にとって興味深くもあり、難しいものでもありました。私も夏子も、参加者と一緒に実験に加わりました。しかし、人々が日々経験している抑圧的な構造をそこに復元し、再体験させてしまっている状況に関して、とても居心地悪く感じました。この実験では「〜〜してください」「〜〜しないでください」という指示が時折入ります。この実験を作ってから、日本の街のあちらこちらに「〜〜してください」「〜〜しないでください」と書かれたサインが貼ってあることに気づきました。ですから、これらの指示は日本の現状を反映していたと思います。しかし、実際に実験をやってみると、そして特に、実験が長く続き、みんなが真面目に指示に従えば従うほど、ゲームリーダーが自分の役割を全うしようとすればするほど、深い不安感を覚えました。まるで自分が独裁者であるかのように感じたのです。最初は楽しげなゲームから始めることによって、何も疑っていなかった人々を彼らが気づかないうちに操っているかのように。参加型の実験であることすら知らない観客もいました。それは公平ではありません。もちろん、観客には参加せずに座って観るというオプションが与えられていましたし、そのオプションを選択する人々もいました。

 

最終的な実験は日本で行われたため、実験に確信を持っていた夏子を信じることにしました。日本は私のコンテクストではないからです。例えば、もしこの実験をスリランカで実施するとしたら、全く違う「実験」を作らなければいけないと思います。スリランカでは、このように従順に指示に従うような傾向も、システムもありません。もちろん、スリランカにも沢山のルールがありますし、例えば教育システムはルールばかりです。しかし、人々はいつもルールを破り、だからこそ内戦や汚職、事故などが多発しています。

 

私たちはいつも、実験を始める前にまずプロジェクトについて紹介し、実験の後は対話の時間を設けました。毎回参加者からは多様な意見が出ました。興味深い質問や、実験を改善するための提案などもいただき、とても白熱した深い議論になりました。

 

翻訳 樅山智子

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